ひつじ泥棒2

Who stole my sheep?

タニザキ後の世界では、欧米の方が『陰翳礼讃』な文化が残っているのではないかしら

 

数年前のこと、ヨーロッパの家具職人のインタビュー記事などをまとめて読む機会があったのですが、その時に何度も目にしたのが《In Praise of Shadows | Junichiro Tanizaki》から引用した文章でした。谷崎潤一郎の随筆『陰翳礼讃』です。

やたらといろいろな職人の口から「タニザキが、タニザキがーー」と出てくるので気になっていて、海外でなぜ読まれているのかと検索するとダ・ビンチニュースの記事がヒットし、読んだらますます気になってポチっとしてみました。

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1933年(昭和8年)の12月と翌年1月に雑誌で連載された随筆。当時、明るさを追求した西洋文化がどんどんと日本に入ってくる中、タニザキが追想する電気のない時代の日本の暮らし、その中に見る日本ならではの美、その美意識が西欧から入ってくる異質なものに取って代わられるのを受け入れがたい気持ち、悲嘆、盛大に愚痴るタニザキ。そんな思いの丈が綴られています。

扱うテーマは、建築物のハード部分(間取り、採光、部屋、トイレ)、インテリアなどのソフトな部分(装飾品、陶器、ガラス、食器、電化製品)、歌舞伎や文楽などの芸術について、料理について、他にも着物や女性の肌に至るまでと多岐にわたります。

例えば、〈ラジオなども西欧人は体も声も大きいのでそんな彼らに都合よく発明したものだけれども、日本人は声も小さいし、言葉も少ない、そもそも日本語は「間」によって表現するものなので、ラジオのような機械はその日本の美を殺してしまう〉なんてことなど。

上記に挙げたひとつひとつについて(羊羹やお味噌汁、白米の白さについてまでも!)、難読漢字を駆使し、タニザキらしい文体で、タニザキの陰翳礼讃論が展開され、読み応えたっぷり。

もちろん、彼の着眼点や洞察が、建築や芸術の教科書として世界中で読まれているのもよくわかりますが、アートや建築、文学じゃない方の観点でで読んでも、なかなか笑いどころの多いエッセイになっていました。

そして、タニザキは〈既に失われつつある陰翳の世界を、せめて文学の領域だけでも、全部とは言わない、ひとつくらいはそんな世界を残してもよいのではないか〉と本を締めくくる。

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In Praise of Shadows

現代では、日本の陰翳は黒澤明小津安二郎の映画の中だけの過去のものなり、文学のなかにすらタニザキの愛した陰翳は、ほぼ、まったく、全然、残されていないように思います。

『陰翳礼讃』で書かれたものは全て、西洋のレベルを遥かに越えたは明るい国となった日本。こんなに蛍光灯を好み、寝る直前まで家の中が真っ白に明るい国なんて日本以外にもあるのでしょうか。

タニザキ後の世界では、彼があんなに嫌がった西洋文化のほうが、暗く落ち着いた接照明を好み、西洋にこそ陰翳礼讃の精神が残り続けているのではないか、なんて思わずにはいられません。

今、タニザキがいたら、この明るい日本をどんな言葉で書くのでしょう。気になります。